削る、削られる、削られていく
http://d.hatena.ne.jp/essa/20110704/p1
自分の身体が痛いのは確かだが、では痛いのはどこか?と聞かれたら、「福島県浜通りとその周辺」としか言えない。
私は削られていく日本の国土そのものに同一化してしまい、削られる国土の痛みを自分の身体の痛みとして感じてしまうのだ。
削られる国土に同一化すると同時に、そういう事態を引き起こした日本の社会そのものとも同一化している。だから、その時、削っているのも削られているのも私自身なのだ。
一つ間違うと国土を削る。そしてそれが実際に起きた。